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オーナーの気まぐれブログ

山口県長門市仙崎青海島にある「ペンションおおみじま」自然たっぷりの周辺の様子や館内のお知らせを更新
歳を重ねていま”((99)ユ−ス.ホステルからペンションへ((5)
 60年3月12日ペンションの建設工事が始まった。   この頃体調を悪くし(この事に付いては後に記します)入退院が続いていた頃で、建築の進行も解せず、心配の内に4月2日棟上げ式を行うことが出来た。
病み上がり、天井上での式中身体が落ち着かず震えた事を今も思いだす。
 当時この様な建物は市内では珍しく、多くの人が「見せてくれ」と来られていた、3階建てに見え天窓もある、パリ−郊外で見たのをもじっている。
恒例の餅まきはせず、近所に配って祝って貰った。
身体不自由の悩みを、仲間と語り励まし合おうと県内の会(この事について後に記します)を結成した。     ペンションの建設、運営については日本ペンション連盟の指導を受けに通った、いろいろの規制もクリヤした。
 ユ−ス.ホステルからペンションへと、心の切り替えが早く出来たのは、ご指導を頂き親と慕っていた横山先生亡きことからだったと思う。 
 2〜3年はあっとゆう間に過ぎたようだったが、家内は2年間、ユ−ス.ホステルとペンションの炊事が大変だった事だと思う、設備用品が一段良い物をと、佐賀県有田焼を買いに5回通って揃えもした、徳山の岡寺さんが、ペンション文字を壁に張り付けて下さった、今もその姿を残している。
 62年1月29日20年の間、青少年と良い思い出を作って来たユ−ス.ホステルも、重機作業により1時間で平地になった、解体されて行く様を高台のペンション庭から、涙し手を合わせた。 来たときよりも美しく整地して返却した。 ユ−ス.ホステルの仲間達が今も、年1回合おうと続いているが有難い事だ、年を重ね立派になっている、今年は第32回目、6月東京に集まる、仲間達との語り合いが楽しみだ。

| owner_nakaita | - | 17:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
夕食の副食変更

副食の1部をスープ類に変更しました
| owner_nakaita | - | 20:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
歳を重ねていま(98)ユ−ス.ホステルからペンシヨンへ(4)
土地山を取得するとその利用に、スカウト活動で学んだことが役に立った。
 枯れ松の切り取られた後地形を利用して道作りや、樹木の植え付けも楽しく、福岡県田主丸の植木市へ、よく買い込みに通った。
いろいろ種類木で見るのも楽しかった。 外が明るくなりかけた頃に起き山へ、6時頃には帰って来て、「おはようございます」からユ−ス.ホステルの生活が始まり、皆さんが出発後朝食メ−キング、後片付けが終わると又山へ、希望に満ちてのスカウトやユ−ス.ホステルでの思いを断ち切る為に、ガムシャラにと動いた。 「開発した土地の区境を観て下さい」とお願いし来られた夫人(今は他界)が(当時ご主人は体調を悪くしておられた)「公園のよう」と言われた言葉は嬉しく耳に残る。  トップ写真参照。
約700坪の造成地には、8台位停車出来る駐車場、幼児用にと宇部から購入のバッテリ−カ−2台のコ−ト、ア−チェリ−の40Mタ−ゲット、7コ−スのバタ−ゴルフ場をと、私なりの計画で施設を造った。 今は利用者が無く、バタ−ゴルフ場は草の管理に追われ、バッテリカ−は廃車してしまった。
今になって、やっぱり時代は変わった、来訪の方々にも一喜一憂することが多くなって来た。  相手変われど主変わらずの気持だが。
| owner_nakaita | - | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
歳を重ねていま(97)ユ−ス.ホステルからペンションへ((3)
 土地の造成が良くないとのことで、また切り取りが始まり、57年3月頃に約700坪の平地を造って貰って完成とした。 故杉山社長の英断、人柄が今も昨日のように思い出されてくる。  さてユ−ス.ホステルをこの地に移そうとゆう事で、銀行へ融資を申し出たが旅館か、ホテルならばとのことで話が進まず、フランスで見たペンションのことを話し理解を得た。
 2年以上も掛かり、60年3月地鎮祭、建設工事が始まった。 道路から4Mの高さになる、始めは2Mの高さでとゆうのが、土留めとゆう事で、萩から秋吉からと57年1月から石垣組が始まった。 これも予算の関係で一度には出来ず、4回位に分けて組んで貰った関係で、良い石がなくなり、石質も悪くなった、これは平成3年頃まで掛かった。
ペンションおおみじまと命名、7月7日150名の方のお祝で開所した。
これからは、ユ−ス.ホステルの様な気持ではおれない、内容はよく似ているけれども、今までは、『我が子と接する気持』だったのが、今度は『お客様』と切り替え無くてはならない、寂しい思いで一杯だった、情熱を傾けたボ−イスカウトに、今またユ−ス.ホステルと離れるのかと思い、一人で涙したこともあつた。開所するのに青海島っ子の人が利息無しで、5万、10万と10年間貸すとの有難い行為に甘えて発足したが、お陰様で8年を待たずに、全額お返しすることが出来た、妻も良く付いて来てくれた。 
| owner_nakaita | - | 17:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
鬱金の桜 満開

吉野桜は散ってしまいましたが
鬱金の桜は今が盛りの満開です
| owner_nakaita | - | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
月桂樹の花

今年も月桂樹が可愛い花をたくさんつけました
| owner_nakaita | - | 13:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
歳を重ねていま(96)ユ−ス.ホステルからペンションへ(2)
 土地の整地は協和工業の杉山社長にお願い、56年10月15日から3台のユンボが這入り、大きな音を立てての整地が始まり嬉しかった。
 約10.000坪の土地の造成だ、見ていて楽しい良いように地形が変わって行く。残りの裏山は、果樹園にとその樹木を、九州の田主丸の植木市へと数回買いに行った。 切り取りののり面が3段有る、約1.000本のサツキの苗を植えたが、色とりどりだったのが今は赤だけで、半分は枯れた挿し木や植え替えしたりで、美しさを作った現在は見よくなった。
 裏山には、温州ミカンや、レモン、栗、もも(岡山の山陽町から樹木を取り寄せ植えたが、3年目には、おいしい実が出来喜んでいたら、10年めにはどうしたことか全部枯れてしまった。)等を植え成果を楽しんだ。
ミカンはよい味のものが出来、今でも収穫したときは、来泊の方や近所の方に差し上げて喜んで頂いている、残念なことにイノシシのいたずらがひどくなり、前のような実のりは無いが、山で足もとは急だけど、散歩を兼ねて行くのを楽しんでいる。見晴らしは良いし、鳥の声が楽しく感じられる、お天気の良いときは、自然を眺めながら食事をし、お湯を沸かしお茶やコーヒ−を飲んだりして楽しんでいる、時折ボ−イ.スカウトの歌を唄いながら過ぎし日を思い出し一人楽しむ事が多くなった。
| owner_nakaita | - | 17:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
桜の蕾

吉野桜は大分散りましたが
鬱金の桜は蕾が少しゆるんできました
| owner_nakaita | - | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
歳を重ねていま(95)ユ−ス.ホステルからペンションへ(1)
 昭和52年度までは、あちらこちら自家用車で会議などで、県内外遠くは新潟市迄も行き、果てはヨ−ロッパ、台湾、韓国、中国と旅した。
54年ユ−ス、ホステルの借地を「10年後には返還してくれ」と言われた。こんな計画ではなかったので途方に暮れた。 何方に相談しても、良い答えは帰ってこない、宇部には恥ずかしくて帰れない、頭はそう良くもないし、特技術もないので、『都会行ってウドン屋でもするか』と悩んでいたら、地元の清水敏夫さんが、『私の土地が、あちらこちらに有る、貴方なら分けて上げるから探してこい』と天の助けと手を合わせた。 ユ−ス.ホステルは開設当時から、拡張、拡張で開設当時の2倍ちかくになっていた。
今いるこの地、裏山を指したら「あの山で良いか‥?、裏の田の方が良かろうが」と言われたが、この地を定め、約2.000坪近くを無理にお願いして、54年3月契約することが出来た。 多くの方に反対されたが、ボ−イ.スカウトで培った開拓の精神が役に立ち、裕福な土地利用を計画した屋敷には梅、桜と植えて来訪者の方と楽しみたい、南の道路側には10本の吉野桜を買ってきて植えた、今その美しさを称えているが、残念なことに石垣工事なとで3本だけになってしまった。
| owner_nakaita | - | 15:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
桜 満開

3日見ぬ間の桜かな とは良く言ったもので
天気の良い日が2,3日続いたら1度に満開に
なりました。
| owner_nakaita | - | 17:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
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