<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>オーナーの気まぐれブログ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/" /><modified>2008-06-30T11:32:18+09:00</modified><tagline>山口県長門市仙崎青海島にある「ペンションおおみじま」自然たっぷりの周辺の様子や館内のお知らせを更新</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>歳を重ねていま（１０５）身体障害になって（４）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=946806" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=946806</id><issued>2008-06-28T12:06:30+09:00</issued><modified>2008-06-30T02:22:19Z</modified><created>2008-06-28T03:06:30Z</created><summary>互療会と言っていた頃の故前田会長のご努力は、そばめに見ていて涙ぐましく感じられた、不自由な身体者を健常者と同様に動けるようにと、上部団体への具申や折衝に過ごされ、そのご努力にはいつも感服していた。　　その事を私に話して下さるが、少しも誇り顔をされず、『...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[互療会と言っていた頃の故前田会長のご努力は、そばめに見ていて涙ぐましく感じられた、不自由な身体者を健常者と同様に動けるようにと、上部団体への具申や折衝に過ごされ、そのご努力にはいつも感服していた。　　その事を私に話して下さるが、少しも誇り顔をされず、『同病合い楽しむ』と仲間のお役に立てばとの言葉が口癖の様だった。　　５９年福岡県久留米市で、互療会全国総会が開催された、その前日の役員会議席で意見ゴウゴウ、とうとう朝方まで続いた。　故前田会長は披露困憊の感がした、一休みして１０時からの総会にも食い込む始末、３０分遅れて総会が始まった、始まる前になって「時間が遅れている、議事の進行をスム−スに進めて欲しい、中板さん議長を務めてくれ」と哀願されるようなお言葉、「ままよ前田会長のお役に立てば」の気持で議長氏名を受けたときは気持は落ち着いていた。<br />
　｢時間の関係で」と説明の時間を短くしたことで、説明足らずだったことが悔やまれる、でも故前田会長は愚痴でなく「よく時間内に収めてくれたね」と手を握って下さったとき、お互いに目に光る物を見た。　東京〜山口と離れていても、懸命に努めておられる姿が忍ばれ心は通じていたのか。<br />
　この頃から体力がグッと落ちられたようで、｢後は誰でもやってくれる」と言っておられた、私も県の会を引いた、前田会長が亡くなられた事を知り暫くは寂しい日が続いた、よく私を育てて下さった事を思い出しながら。]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（１０４）身体障害となって（３）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=940271" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=940271</id><issued>2008-06-20T13:17:38+09:00</issued><modified>2008-06-30T02:32:16Z</modified><created>2008-06-20T04:17:38Z</created><summary>会は発足したが運営は難しいことが多かった。　会員の中には「私の名前を出してくれるな」と言って県外に転住した人もいる。　　今までにない苦労も多々あった、『輪になって励まし合おう明日の健康』で頑張った。
　５８年県総会に、わざわざ東京から前田会長が出席され...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[会は発足したが運営は難しいことが多かった。　会員の中には「私の名前を出してくれるな」と言って県外に転住した人もいる。　　今までにない苦労も多々あった、『輪になって励まし合おう明日の健康』で頑張った。<br />
　５８年県総会に、わざわざ東京から前田会長が出席された。　「この田舎にお出でにならなくても全国総会でお会いできますのに」（この頃は自費での出席だった）「貴方が頑張っているから激励に来た」と言われたときは嬉しく有りがたく思った。　　　総会が終わって観光もせずにお帰りになる、山口宇部空港で、元気のないお姿「お身体の調子でもお悪いのでは」と尋ねたら「身障手帳のことで厚生省への陳情など懸命」とお聴きしたことから、時の厚生大臣林義郎先生を紹介、何度も厚生省へ行かれた、私も２回、３回目は「御礼のご挨拶に行くから来てくれ」とのことで上京、ホテル代は支払ってあり、わざわざホテルに尋ねてこられ、「実費だけの旅費だが」と封筒を渡された、ポケットマネのようだったのでお断りしたが、見通しが立ったとの事で喜ばれての事であろう。　故前田会長は設計事務所を経営しておられる、この間は自分のお仕事等出来なかったことであろう。　　５８年１０月手帳が交付されたが、この恩典を受けずに他界された残念な事である。温厚で優しく、実直な方だった。　　　『同病相憐れむでなく、合い楽しむ』とよく言っておられた、今このお働きに改めて御礼を申し上げたい。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（１０３）身体障害となって（２）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=933971" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=933971</id><issued>2008-06-12T15:07:55+09:00</issued><modified>2008-06-12T12:05:35Z</modified><created>2008-06-12T06:07:55Z</created><summary>　次第に元気を取り戻すと、自分と同じように悩み苦しんでいる人がいる、その人達で励まし合う会を作ろうと思い立った。　ちょうど下関の人が新聞に記載されたことから、５７年４月第１回目を山口市に６名が集まり会を作ろうと、だが事務局を作って進めてとゆうのに、家族...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　次第に元気を取り戻すと、自分と同じように悩み苦しんでいる人がいる、その人達で励まし合う会を作ろうと思い立った。　ちょうど下関の人が新聞に記載されたことから、５７年４月第１回目を山口市に６名が集まり会を作ろうと、だが事務局を作って進めてとゆうのに、家族が反対しているから名前を出してくれるな等話が進まず、事務局の仕事については、いろいろの会を作ったり、世話をしてきた経験で引き受けたが、それが大変だった。<br />
会規約も会合の度に文面が変わる、夜とおしてタイプで打ち、それをコピ−して会合に間に合わせ事が何度もあった。<br />
　５月３０日に全国総会が広島である、それに間に合そうと努力した。会の名前をオレンヂ友の会とし、６地区に分け役員を置く、初総会を５月２３日徳山で７６名の出席で開催、会長をやる人がいず、是非作りたい会と思っていたので、嫌でもと会長、事務局と受け進めた、全国総会の席で、互療会会長故前田さん（会長との思いでは後記）に紹介され嬉しくて涙が出た。<br />
　近県の先輩会長、それぞれの機関への挨拶と行き指導を受けた。<br />
思えば第１回の県内研修会を仙崎で開催したときに、県内各地から６３名の人が出席され、その席に公務ご多用の中を故福田市長が、激励に来て下さった事も忘れられない事である。]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（１０２）身体障害となる（１）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=929622" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=929622</id><issued>2008-06-07T18:24:05+09:00</issued><modified>2008-06-07T11:25:31Z</modified><created>2008-06-07T09:24:05Z</created><summary>　昭和５４年頃からか、土地を取得し希望に燃え開拓していたことからか、身体に不和感を感ずる様になり、トイレで用を済ませた後鮮血を見る、痔病かと、北は浜田から、九州佐賀、柳川と良いとゆう医院は１０数箇所あちらこちらと足を運んだ。　柳川のお医者さんで､４回目...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　昭和５４年頃からか、土地を取得し希望に燃え開拓していたことからか、身体に不和感を感ずる様になり、トイレで用を済ませた後鮮血を見る、痔病かと、北は浜田から、九州佐賀、柳川と良いとゆう医院は１０数箇所あちらこちらと足を運んだ。　柳川のお医者さんで､４回目の診察治療の後「痔病ではないと思うから内科で調べてもらへ」とのことで、山陽Ｎ病院で１１日間の検査を受け直腸にポリ−プがあるとのこと、大病院に取除と入院した、気が付いたときは大手術、５日間は痛みのために何も覚えていない、「ああ片輪になった」とベットの中で泣いた。　　５６年頃からは徐々にストマを付けることをされていたようだったが、その頃はどんな生活をしているのか、人様に話さず悩む人が多かった様だ。　『まだやらなくてはならないことが沢山あるのに』と思うと希望も無くなり一人悲しんだ。<br />
　病院近くの方で先にストマを付けられた方が、再三来られ励まして下さった事で、頑張ろうの気持にもなった。　妻、家族に迷惑を掛けると思うと余計悩みが増してくる。　事後処理も良くないと思うので、退院を申し出て、５月２５日、２ヶ月と１４日ぶりに我が家へ帰った、この間近所の方や、多くの知り合いの方にご心配ご迷惑をお掛けした、今もだが。<br />
やっぱり調子が良くない、今度は長門市で再三の手術を受けやっと人様の前に出ようという気持ちになった、励まして下さった皆さん有難う。]]></content></entry><entry><title>カマキリムシの誕生</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=923019" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=923019</id><issued>2008-05-31T14:24:09+09:00</issued><modified>2008-05-31T05:24:09Z</modified><created>2008-05-31T05:24:09Z</created><summary>
テラスでカマキリムシが誕生を始めました
現在５０匹ぐらい産まれているようです。</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/kamakiri.jpg" target="_blank"><img src="images/kamakiri.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
テラスでカマキリムシが誕生を始めました<br />
現在５０匹ぐらい産まれているようです。]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（１０１）ペンション生活（２）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=920114" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=920114</id><issued>2008-05-28T15:08:32+09:00</issued><modified>2008-05-28T22:48:17Z</modified><created>2008-05-28T06:08:32Z</created><summary>　昭和６０年から始まったペンション生活も、４年くらいは忙しい年が過ぎたようだ、近来になって来客が減り、設備改良の計画が立て難い,備品は大阪方面へ買い出しに行った。
　近頃は、ペンションの利用を知らずに来られる方が多くなり、親しみの時間が少なくなった、家...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　昭和６０年から始まったペンション生活も、４年くらいは忙しい年が過ぎたようだ、近来になって来客が減り、設備改良の計画が立て難い,備品は大阪方面へ買い出しに行った。<br />
　近頃は、ペンションの利用を知らずに来られる方が多くなり、親しみの時間が少なくなった、家族や仲間達が多く、若い女性の方が多かった時代は過ぎたようだ。　　　当初は関東、関西の方が６０％以上だったが、今は近県の方に変わった、若い時に各所のユ−ス．ホステルを利用された家族が来られると、語り合いなどに楽しい時間を作ることが有るし、この地方や、島（青海島）の見所など聴かれると話がはずむ、旅館、ホテルと違った雰囲気作りにと努めているが、楽しいお話しや、尊い体験について知識を頂くことが出来た。　　南極大陸越冬のお話し、海外旅行や楽器演奏、語り、演劇、歌手の方、最近は「金子みすゞ」さんの事で来られる方が多くなった。<br />
　旅行好きな私は、青森、秋田、山形に行ってないが、地方の自慢話を聞くことが、自分が旅しているようで楽しみが増す。　　　近頃は、植え木樹も大きくなりその管理に手間がいる、下手なりの剪定も、後から見れば感じ良いものだ、来訪の皆さんはどう見て下さるやら。<br />
　次回は身体を壊した事を記そう。<br />
]]></content></entry><entry><title>スイカズラ満開</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=919926" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=919926</id><issued>2008-05-28T09:29:14+09:00</issued><modified>2008-05-28T00:29:14Z</modified><created>2008-05-28T00:29:14Z</created><summary>
土手一面にさわやかな香りが
漂っています。</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/H20suikazura.jpg" target="_blank"><img src="images/H20suikazura.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
土手一面にさわやかな香りが<br />
漂っています。]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（１００）ペンション生活（１）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=910293" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=910293</id><issued>2008-05-18T11:49:17+09:00</issued><modified>2008-05-18T11:36:25Z</modified><created>2008-05-18T02:49:17Z</created><summary>ユ−ス．ホステルの生活が昭和６２年に終わり、ペンション生活になった。
　時間的にペンションの方が手を取るし、九州のＨ市のＨさん御夫妻のペンションを家内一緒に尋ねた。　ナイタ−の出来るコ−ト２面、温泉の風呂もあり、｢大変な動力を使っておられる事でしょう」とお...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ユ−ス．ホステルの生活が昭和６２年に終わり、ペンション生活になった。<br />
　時間的にペンションの方が手を取るし、九州のＨ市のＨさん御夫妻のペンションを家内一緒に尋ねた。　ナイタ−の出来るコ−ト２面、温泉の風呂もあり、｢大変な動力を使っておられる事でしょう」とお聴きすると｢３年に成りましたが大変です」と言っておられたが、２年後に尋ねたら閉店し引き上げられていた、ご夫婦での運営では過重だと今つくづく感じる。<br />
　ペンションを利用されるニ−ズも変わり、夕食後の懇話もなくなった。<br />
　広い土地を得たしその管理も大変だ。　いつも仕事が有るようだし、加えて昭和５５年頃より、手作り珍味『ささせん』を開発したことで、一段と仕事の量が増して来た、言い伝えから東京の日本橋ビル店頭で売って下さっている、努力が実ったのか、多量生産が出来ないので迷惑か掛けているだろう。<br />
総てが、３人での仕事、適齢期を迎えた、イヤ過ぎた息子の嫁に来る女性がない、夫婦とも歳を重ねているので、苦労は倍加する。<br />
でも来泊される方との語り合い等に苦労が喜びに変わる、文通やメ−ルの交換などを楽しみにしながら、今日おいでの方に、美しい青海島北海岸の姿と<br />
『ペンション．おおみじま』の出会いを、記念に差し上げた浜木綿の成長と共に、思い出して下さるよう念じている。<br />
]]></content></entry><entry><title>母の日にお礼</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=904307" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=904307</id><issued>2008-05-12T20:26:46+09:00</issued><modified>2008-05-12T11:26:47Z</modified><created>2008-05-12T11:26:46Z</created><summary>
毎年５月（母の日）に東京のTさんより
カーネーションの鉢が届けられる
クロスは孫が社会人になって初めての
給料で買ってくれたもの
ありがたいことです。</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/karneisyon.jpg" target="_blank"><img src="images/karneisyon.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
毎年５月（母の日）に東京のTさんより<br />
カーネーションの鉢が届けられる<br />
クロスは孫が社会人になって初めての<br />
給料で買ってくれたもの<br />
ありがたいことです。]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま”（９９）ユ−ス．ホステルからペンションへ（５）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=901532" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=901532</id><issued>2008-05-09T17:53:36+09:00</issued><modified>2008-05-17T11:35:00Z</modified><created>2008-05-09T08:53:36Z</created><summary>　６０年３月１２日ペンションの建設工事が始まった。　　　この頃体調を悪くし（この事に付いては後に記します）入退院が続いていた頃で、建築の進行も解せず、心配の内に４月２日棟上げ式を行うことが出来た。
病み上がり、天井上での式中身体が落ち着かず震えた事を今...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　６０年３月１２日ペンションの建設工事が始まった。　　　この頃体調を悪くし（この事に付いては後に記します）入退院が続いていた頃で、建築の進行も解せず、心配の内に４月２日棟上げ式を行うことが出来た。<br />
病み上がり、天井上での式中身体が落ち着かず震えた事を今も思いだす。<br />
　当時この様な建物は市内では珍しく、多くの人が｢見せてくれ」と来られていた、３階建てに見え天窓もある、パリ−郊外で見たのをもじっている。<br />
恒例の餅まきはせず、近所に配って祝って貰った。<br />
身体不自由の悩みを、仲間と語り励まし合おうと県内の会（この事について後に記します）を結成した。　　　　　ペンションの建設、運営については日本ペンション連盟の指導を受けに通った、いろいろの規制もクリヤした。<br />
　ユ−ス．ホステルからペンションへと、心の切り替えが早く出来たのは、ご指導を頂き親と慕っていた横山先生亡きことからだったと思う。　<br />
　２〜３年はあっとゆう間に過ぎたようだったが、家内は２年間、ユ−ス．ホステルとペンションの炊事が大変だった事だと思う、設備用品が一段良い物をと、佐賀県有田焼を買いに５回通って揃えもした、徳山の岡寺さんが、ペンション文字を壁に張り付けて下さった、今もその姿を残している。<br />
　６２年１月２９日２０年の間、青少年と良い思い出を作って来たユ−ス．ホステルも、重機作業により１時間で平地になった、解体されて行く様を高台のペンション庭から、涙し手を合わせた。　来たときよりも美しく整地して返却した。　ユ−ス．ホステルの仲間達が今も、年１回合おうと続いているが有難い事だ、年を重ね立派になっている、今年は第３２回目、６月東京に集まる、仲間達との語り合いが楽しみだ。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>夕食の副食変更</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=894049" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=894049</id><issued>2008-04-30T20:41:01+09:00</issued><modified>2008-05-03T12:04:38Z</modified><created>2008-04-30T11:41:01Z</created><summary>
副食の１部をスープ類に変更しました</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/suupu3.jpg" target="_blank"><img src="images/suupu3.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
副食の１部をスープ類に変更しました]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（９８）ユ−ス．ホステルからペンシヨンへ（４）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=892482" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=892482</id><issued>2008-04-29T11:49:37+09:00</issued><modified>2008-04-29T11:13:50Z</modified><created>2008-04-29T02:49:37Z</created><summary>土地山を取得するとその利用に、スカウト活動で学んだことが役に立った。
　枯れ松の切り取られた後地形を利用して道作りや、樹木の植え付けも楽しく、福岡県田主丸の植木市へ、よく買い込みに通った。
いろいろ種類木で見るのも楽しかった。　外が明るくなりかけた頃に...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[土地山を取得するとその利用に、スカウト活動で学んだことが役に立った。<br />
　枯れ松の切り取られた後地形を利用して道作りや、樹木の植え付けも楽しく、福岡県田主丸の植木市へ、よく買い込みに通った。<br />
いろいろ種類木で見るのも楽しかった。　外が明るくなりかけた頃に起き山へ、６時頃には帰って来て、「おはようございます」からユ−ス．ホステルの生活が始まり、皆さんが出発後朝食メ−キング、後片付けが終わると又山へ、希望に満ちてのスカウトやユ−ス．ホステルでの思いを断ち切る為に、ガムシャラにと動いた。　「開発した土地の区境を観て下さい」とお願いし来られた夫人（今は他界）が（当時ご主人は体調を悪くしておられた）「公園のよう」と言われた言葉は嬉しく耳に残る。　　トップ写真参照。<br />
約７００坪の造成地には、８台位停車出来る駐車場、幼児用にと宇部から購入のバッテリ−カ−２台のコ−ト、ア−チェリ−の４０Ｍタ−ゲット、７コ−スのバタ−ゴルフ場をと、私なりの計画で施設を造った。　今は利用者が無く、バタ−ゴルフ場は草の管理に追われ、バッテリカ−は廃車してしまった。<br />
今になって、やっぱり時代は変わった、来訪の方々にも一喜一憂することが多くなって来た。　　相手変われど主変わらずの気持だが。]]></content></entry><entry><title>歳を重ねていま（９７）ユ−ス．ホステルからペンションへ（（３）</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=886512" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=886512</id><issued>2008-04-22T17:08:13+09:00</issued><modified>2008-04-22T08:08:13Z</modified><created>2008-04-22T08:08:13Z</created><summary>　土地の造成が良くないとのことで、また切り取りが始まり、５７年３月頃に約７００坪の平地を造って貰って完成とした。　故杉山社長の英断、人柄が今も昨日のように思い出されてくる。　　さてユ−ス．ホステルをこの地に移そうとゆう事で、銀行へ融資を申し出たが旅館か...</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[　土地の造成が良くないとのことで、また切り取りが始まり、５７年３月頃に約７００坪の平地を造って貰って完成とした。　故杉山社長の英断、人柄が今も昨日のように思い出されてくる。　　さてユ−ス．ホステルをこの地に移そうとゆう事で、銀行へ融資を申し出たが旅館か、ホテルならばとのことで話が進まず、フランスで見たペンションのことを話し理解を得た。<br />
　２年以上も掛かり、６０年３月地鎮祭、建設工事が始まった。　道路から４Ｍの高さになる、始めは２Ｍの高さでとゆうのが、土留めとゆう事で、萩から秋吉からと５７年１月から石垣組が始まった。　これも予算の関係で一度には出来ず、４回位に分けて組んで貰った関係で、良い石がなくなり、石質も悪くなった、これは平成３年頃まで掛かった。<br />
ペンションおおみじまと命名、７月７日１５０名の方のお祝で開所した。<br />
これからは、ユ−ス．ホステルの様な気持ではおれない、内容はよく似ているけれども、今までは、『我が子と接する気持』だったのが、今度は『お客様』と切り替え無くてはならない、寂しい思いで一杯だった、情熱を傾けたボ−イスカウトに、今またユ−ス．ホステルと離れるのかと思い、一人で涙したこともあつた。開所するのに青海島っ子の人が利息無しで、５万、１０万と１０年間貸すとの有難い行為に甘えて発足したが、お陰様で８年を待たずに、全額お返しすることが出来た、妻も良く付いて来てくれた。　<br />
]]></content></entry><entry><title>鬱金の桜　満開</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=883718" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=883718</id><issued>2008-04-19T10:54:43+09:00</issued><modified>2008-04-19T01:54:43Z</modified><created>2008-04-19T01:54:43Z</created><summary>
吉野桜は散ってしまいましたが
鬱金の桜は今が盛りの満開です</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/H20ukonsakura2.jpg" target="_blank"><img src="images/H20ukonsakura2.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
吉野桜は散ってしまいましたが<br />
鬱金の桜は今が盛りの満開です]]></content></entry><entry><title>月桂樹の花</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog2.omijima.com/?eid=880591" /><id>http://blog2.omijima.com/?eid=880591</id><issued>2008-04-15T13:16:58+09:00</issued><modified>2008-04-15T04:16:59Z</modified><created>2008-04-15T04:16:58Z</created><summary>
今年も月桂樹が可愛い花をたくさんつけました</summary><author><name>owner_nakaita</name></author><dc:subject /><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<a href="images/H20gextukeijyu.jpg" target="_blank"><img src="images/H20gextukeijyu.jpg.300px.png" width="300" height="225" alt="" class="pict" /></a><br />
今年も月桂樹が可愛い花をたくさんつけました]]></content></entry></feed>